
ジャンル分類と50音順の並べ方だけだと、本が孤独に見えることがあります。本を文脈でつないでみると、本と本がつながって、違う表情が見えてきます。なぜ、三冊かというと・・・
井上ひさしは「ニホン語日記」にこう書いています。『混沌たる時の流れを過去・現在・未来と三つに区切ると、時間が辛うじて秩序だったものになる。鮨屋の主人は自店のにぎりを「松・竹・梅」 に分け、鰻屋の亭主は自店の鰻丼を「特上・上・並」の三つに分けて、店の売り物のすべてを表す。混然としたものを一つで言ってはわけがわからない。二つで言っても据わりがわるい。三つに区分して言うと突然、構造が安定し、混然としたものの正体が見えてくる』
本と本 本はつながる。
本と人 本とつながる。
人と人 本でつながる。
さあ、「三冊堂」!開店のお時間です。
無職宿ナシの亀谷幸慈は、ある日、ギャルにカツアゲされていた青年を助け出す。青年はどうやら記憶喪失で、「自分は元・天使で、さっきのギャルは悪魔」であると話す。関わらずに去ろうとしたが、やむにやまれぬ事件が起き、行動をともにすることになる。翌日二人は、池袋の街角で園部シメ子と名乗る女性に声をかけられ、成りゆきで彼女の家『猫の森』を訪れる。そこには坊主頭の大男マロ、ぽっちゃり眼鏡のオク、色白イケメンのミチヤが同居しており、6人による不思議な共同生活が始まる『今日からは、愛のひと』。人を愛する、誰かのために自分には何ができるのか、ということが、とても尊いことだと思わせる一冊です。
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8月の図書館夏まつりでは、ネコをテーマにした「にゃんとも・かんとも・すごろく」を開催。その際、「ネコ派かイヌ派か」という話題になったのは言うまでもありません。
北の本箱にたくさんの本をプレゼントしてくださっている福原義春さん(資生堂名誉会長)は、犬と猫の生態を見るのが楽しみなのも然ることながら、犬派だ・猫派だと論じ合っている人を観察するのことに面白みを見出す「人派」なのだとか。スーパーマーケットの「犬、あげます」というお知らせを見て犬をもらいに行った件など、福原さんの人となりにそっと触れたように感じる25のエッセイ集『猫と小石とディアギレフ』。
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友人に誘われネパールを訪れた作家のよしもとばなな。これをきっかけにネパールの宗教指導者ダライ・ラマ14世と会いたいと思うようになり、そして実現した日本での2人の対談。人間には本能的に自分にとって重くなる、負担のある、違和感のあるものを避けようとする傾向があり、それを発散するために責任をともなわない「小さないじわる」をしてしまうという、よしもとばなな。苦しい経験の中でこそ、感情的にならず現実を直視し、観察し分析することが大切だと説くダライ・ラマ14世。小説家と宗教家が人生について語り尽くす『小さないじわるを消すだけで』。
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