(ま)
子どものころは図書館によく行きましたか。
(平)
図書館とか本屋の中で育ったといってもいいくらいです。地元の公共
図書館は子どもには遠いところにあったので、小学校の図書室にずい
ぶん行きました。(ノーベル物理学賞を受けた)湯川秀樹さんとか伝
記ものを読むのが好きで、読んでいました。
(ま)
WSや講演で全国各地の図書館に足を運んでいます。
(平)
図書館は変化の時期にあります。図書館は学習、研究機能も大事です
が、この5、6年でできた図書館は、コミュニティスペースに変わろ
うとしています。僕は図書館を「新しい広場」にするよう提唱してい
ます。とりわけ地域の図書館は人が出会ったり話したりする「出会い
の場所」にしていこうという考えです。例えば引きこもりの方でも、
図書館とコンビニなら行けるという人たちがいます。そういう人に図
書館に来てもらう。「談話室」をつくり、できればボランティアを配
置して、人としゃべれるようになったら、絵本の読み聞かせをやって
みないかと誘う。
(ま)
図書館を、社会に出て行くきっかけづくりの場にしていくんですね。
(平)
これまでの行政は、「居場所」と「出番」を別々にしていました。こ
れからは(二つを)つなげていかなくてはなりません。図書館が重要
な役割を果たしていくと思います。引きこもりはある意味で、社会の
弱者。そういう人たちの「居場所」、社会と関わる接点、つまり「出
番」を文化施設が担うのは欧米では当たり前のことです。
税金を使って公共の文化施設をつくるからには、社会的弱者が来やす
く、社会とつながる場所にしていく。その方が社会全体のリスク、
(社会保障費などの)コストが下がるという考えからです。
(ま)
幕別町は文化というよりは、スポーツのまちというイメージが強いで
す。
(平)
幕別はたぶん(百年記念ホールができた)20年前は最先端を行って
いたと思います。文化とか、まちくづりの業界は展開が早いです。こ
の4、5年の間に建てた図書館の中には、図書館と同じ建物に子育て
支援施設があったり、デイケアサービスまで一緒にしたりしていま
す。
(ま)
幕別町は帯広から流入した人が多く、合併したこともあり、一体感と
いう面では課題があると感じています。図書館ができることはあるの
でしょうか。
(平)
僕は無理に一体感を出す必要はないと思っています。たぶん幕別の強
みは帯広という地方の中核都市を隣に抱えていながら、小さいまちな
のでいろいろ先進的な施策も打ちやすいとこだと思います。
例えば上川管内東川町は人口減が止まってV字回復しています。岡山
県奈義町は特殊出生率2・81と日本一になりました。ここも隣の津
山市からどんどん流入しています。いずれも子育て、教育しやすいと
いうのが理由です。そういう意味で図書館って、地方の人が思ってい
る以上にIターン、Jターンをする人にとって大事な場所なんです。
(ま)
どういう点で大事なんですか。
(平)
I、Jターン者が住む町を選ぶ時、図書館を必ず見ます。もちろん
病院、学校をまず見るのですが、次は図書館です。図書館を見ると
その町の行政がどのくらい文化、教育、社会教育に関心があるか、
一発で分かるからです。雰囲気のいい図書館のあるマチはイメージ
が良い。子育て中のお母さんが行けるような図書館になっているか
が肝心です。
Iターンで成功しているところは、おしゃれな図書館があったり、
お母さんが保育園に子どもを預けた後、ママ友と話せるようなカ
フェ、イタリアンレストランがあったりするところです。
図書館は今まで以上に大きなや役割を果たす―そこに気づいた自治
体とそうでない自治体で違いが出てきます。
奈義町は6千人のまちですが、磯崎新建築のとんでもなく格好いい
図書館があり、美術館とつながっています。窯焼きピザ付きのイタ
リアンレストランを隣に誘致したら、2時間待ちの人気です。地元
の人よりも津山などから車で来ています。イタリアンに入れなくて
待ち時間に皆、美術館に行く。美術館の来場者も増えている。どち
らが目的かよく分からない(笑)。
東川も、もちろん子育て、教育に有利な施策を進めているというこ
ともありますが、「写真甲子園(全国高等学校写真選手権大会)」
を続け、イメージがいい。文化政策と教育政策がしっかりしていな
いと、I・Jターン者は来ないんです。小さいマチの方が思い切っ
た施策ができます。そこで成功し始めたまちはいくつもあります。
(ま)
文化施策が大切なんですね。
(平)
I・Jターンで考えると、行政は来る理由ばかり考えています。
(移住の理由として)「自然豊かな場所で子どもを育てたい」とい
う人が多いですが、豊かな自然は日本中にある。むしろ行政は(移
住)しない理由をつぶさないといけないんです。
移住者には「医療」「教育」に食も含めた、広い意味の「文化」が
あるかどうかが大事です。それに気づいて何らかの取り組みをして
きたところと、そうでないところと差がついています。
(ま)
多くの自治体では、貸し出し冊数が評価の善し悪しを判断する基準に
なっています。
(平)
行政は分かりやすいのでそうしたいのでしょう。いい図書館だと、3
月に高校3年生が、「大学が決まった」などと職員にあいさつに来ま
す。
岐阜県可児市に文化創造センター(通称アーラー)という成功してい
る劇場があります。そこでは、高校生がロビーで自習しています。
東京と大阪には(かつての利用者が集まる)「アーラー会」があるん
です。そんな風に図書館は出会いの場にならないといけない。韓流ド
ラマや映画でも男女がぶつかったり、同じ本をとったりしていますよ
ね。図書館で出会ったカップルが何組あるかなんておしゃれな指標に
したらいいのではと僕は提案しているんですよ。
男女だけでなく、経済活動からすると出会わない人たちが会うという
ことが大切です。社会的弱者ほど分断されやすく、居場所が固定され
やすい。高校段階で偏差値で輪切りされると、もうそこで人生が決ま
ったようになってしまう。もっとシャッフルしなくてはいけない。
(ま)
平田さんが提唱する「出会いの場」としての図書館をつくるには町民
の「合意」が必要だと思います。どうしたらいいのでしょう。
(平)
意識改革が一番大事です。I・Jターン者を呼び込む最大の課題は、
リベラルでオープンなマチがつくれるかどうかです。子育て中のお母
さんが映画を見に行っても後ろ指をされないようにすることですね。
女性が暮らしやすいマチにしていくよう、周囲の意識を変えないと。
女性が子育てをするのは当たり前というような考えが残っている限
り、地域は変わらない。若い女性が帰ってきたいと思わないですか
ら。
女性が昼間からカフェでお酒を飲んでいても、後ろ指を指されないマ
チづくりをしないと。
(ま)
図書館でもアルコールOKにしたらいいですか?
(平)
それは難しいかも(笑)。でもワインパーティーを開いて、最近読ん
だ本について語るとかね。
劇場の事務所内。予定表には、ぎっしりスケジュールが書かれている。本もたくさん並べられていた。
【平田オリザ】
1962年東京生まれ。劇作家、演出家。城崎国際アートセンター芸術監督、こまばアゴラ劇場芸術総監督。劇団「青年団」主宰。東京藝術大学 COI研究推進機構特任教授、大阪大学COデザインセンター特任教授、四国学院大学客員教授・学長特別補佐。
国際基督教大学在学中に劇団「青年団」結成。「現代口語演劇理論」を提唱し、1990年代以降の演劇に大きな影響を与える。1995年『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲賞受賞。 2003年日韓合同公演『その河をこえて、五月』で、第2回朝日舞台芸術賞グランプリ受賞。2006年モンブラン国際文化賞受賞。2011年フランス国文化省より芸術文化勲章シュヴァリエ受勲。
近年はフランスを中心に各国との国際共同製作作品を多数上演のほか、大阪大学・東京藝術大学と共同でロボット・アンドロイド演劇プロジェクトなど先駆的 な作品を多数上演。全国自治体との関わりも多岐にわたり、豊岡市文化政策担当参与、岡山県奈義町の教育・文化まちづくり監もつとめる。幕別町町友(文化大使)。
取材・文:まぶさLED(黒井ねこ)
写真 :まぶさLED(ひより)