ひとの本棚って気になりませんか?好きな人、興味のある人、尊敬する人・・・ちょっと本棚をのぞいてみたいと思いませんか?幕別町で活躍するさまざまな顔に登場していただき、その本棚の一端を紹介する「あの人の本棚」。第1回は、18ヘクタールの農場で長ネギをはじめ、豆類やじゃがいもなどをつくる横山渡さんです。
福井からの開拓5代目。18ヘクタールは、十勝では小さい方ですよと笑う。昔は珍しかった水田農家だったので規模が小さく、ずっと兼業でやっていたので、専業での農業が夢だったとか。その夢を先にかなえた息子さんに続き、横山さんも晴れて専業に。長ネギの畑は約1.5ヘクタール。ビニールハウスでは、ネギの流通が一番少ない6月末に合わせて促成栽培する。十勝川温泉のお湯をつかって育ててもらった苗を使っていると説明しながら、愛おしそうに苗を眺める。
そんな横山さんのもう1つの顔が、幕別町百年記念ホールの元館長。2007年からの5年間、コンサートや演劇など、稼働率70パーセント以上の大ホールを中心に、いろいろなイベントに携わってきた。地元のアマチュアバンドから、プロのピアニストや声楽家まで、ジャンルを超えた様々な人とのネットワークがどんどん広がったことが、何よりも収穫だったという。その目玉企画が『十勝チロット音楽祭』。宮本文昭氏(東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団音楽監督)を音楽アドバイザーに迎え、数日に渡り入門からオーケストラまで楽しめるクラシックの祭典だ。
「こういう地方の町に一流演奏家が集まって繰り広げられる本物のクラシック音楽祭。演奏家の皆さんはとても感動してくれました。でも、地元の人は、なかなか観に来てくれない。文化を根付かせるのは大変だなぁとつくづく思いました」と横山元館長。それでも就任1年目に、まだメジャーになる前の“いきものがかり”のコンサートを組んだ話には、自然と顔がほころぶ。「その年に、どんどん有名になって、紅白出場も決まり、臨時の電話回線を10本増やして受け付けたけど、電話がじゃんじゃん鳴って、大変でした。ファンの人からは、なんでこんな800人の小さなホールでやるのかと。帯広なら倍以上の人が観れるのにと、随分叱られました(笑)」。
さっそく横山さんの本棚の一部をみせていただいた。「基本的に本は好きです」といい、まさに晴耕雨読を地でいく横山さん。「アウトドアが好きなので、山登りとか、長谷さん(=長谷繁前幕別町図書館長)とカヌーもやったし、なのでそういう方面の本が多いですね。このあたりが原生林だった頃に、先祖がチャレンジして開拓して、今は普通に生活できる環境になったのだけど、その頃の人たちの精神力というか、尊敬してるところがあります」
横山さんの最初の本との出会いは、井上靖『夏草冬濤』だ。静岡の海沿いの街で、父親の妾に預けられる少年の話。その少年の日々生活している視点が衝撃的だったという。「多分、小学校の国語の教科書に部分的に載っていたと思います。本を手に入れたら、すごく厚い本で、初めて本をちゃんと読みました。その時に、主人公の目線、自分とは違う男の子の目線に気付いたのですね。こういう本を読めば、こういういろいろな人の考えがわかるんだなと。中学校の2年くらいだったかな」。この体験をきっかけに、太宰治や夏目漱石をはじめ、本を読み漁るようになったという。
「開拓の精神もそうですが、インディアンの本や宮沢賢治もそうだし、アイヌの暮らしもリスペクトしています。毎日を生きている、そういう時代に生きてきた人たちの精神は忘れてはいけないなぁと。また、そういう厳しい環境でも、「遊び」がちゃんとあって、楽しんでたのですよね。そういう心の余裕を、今の人達は、感じてないのかもしれない。きっと小さな感動や喜びがあったのだと思います。そういう事を知るのも読書の楽しみですね」
「六花亭の包み紙で有名な坂本直行さんのような絵が書きたくてね。絵をならったりしました(笑)。幕別より中札内の図書館によく行きます(笑)山の本が充実していて、また窓が大きくて、日高山脈がバーンと見えて気持ちいいです!この坂本直行さんの画集が私のバイブル。直行さんの絵と生活ぶり、物の見方、考え方、すべてがこの1冊につまっています。今はなかなか手に入らない宝物ですね。中札内の図書館には直行さんの本がけっこう揃ってるんですよ(笑)」。
「今も山登りはしている。日高山脈がとにかく好きで、専業になったら冬の農閑期にまとまって山に入ろうと思ってました。けど、実際になったら、なかなか野暮用に追われて(笑)」
「『人間の土地』(吉田 十四雄)の表紙も直行さんの絵です。十勝の開拓時代の話ですが、言葉にしようがないほど、いい本ですね。開拓時代の、苦しいときにもちゃんと楽しみをみつけてやってたんだと」
「この『寄鳥見鳥』(岩本久則)って、面白いタイトルでしょう。私は野鳥が好きで、「野鳥の会」会員なんですけど、この岩本久則って、元自衛隊員で、今はイラストレーター。社会風刺的なものを描いてましたが、この人も鳥が好きで、これを読むと鳥を見に行きたくなります」
「『北海道 砂金掘り』(加藤公夫)は、老人がいろんな所で砂金を掘ってみた記録。一獲千金の夢がたまらない(笑)。北海道の人知れず、夢を追って山奥に入っていた男がいて、実際に大きな砂金をみつけて儲けた話とか、古の北海道のゴールドラッシュを予感させてワクワクします。これを読みながら、実際に川を遡って、なかなか超えられない滝があるというのを観にいったりしました」
このボロボロになった本は、北海道の山岳ガイドです。すごいところは、決して詳しくない、もの凄くいい加減(笑)。あとは自分で確かめろみたいな。サラッと書いてあるから、楽に行けるのかと思ったら、実際に行くとえらく大変だったり。後で聞くと、“楽しみを奪わない”という編集方針らしいですね」
「"今日は死ぬのにもってこいの日"って素晴らしいですよね。インディアンの自然崇拝とか、やっぱりアイヌの方々と共通しています。アイヌの人たちは、昔から好きで、いろいろお手伝いをしたりしていましたが、こういう本を読むと、日々のシンプルな暮らしに気付いて、そこに帰れるというか。普段は、毎晩酒を飲みにいったりして、欲にまみれた日常を送ってるのだけど、自分に鞭を入れるというか、こんなんじゃだめだと(笑)」
「この『輝ける闇』(開高健)痺れましたね。ベトナム戦争の、ものすごい狭いコアなところで戦争と向き合っている人たちの葛藤というか。開高健には痺れました」
私、ふんどしの愛好家なんで(笑)。『パンツの面目ふんどしの沽券』(米原万里)は、なんか共感できそうな。なんで人間はパンツはくんだろうとか(笑)。ふんどしはいいですよ。とくに朝、まさにフンドシを締める時の「よし、やるぞ」という気持ちはいいですよ」
「『どくとるマンボウ航海記』(北杜夫)は、自分が始めて“エッセイ”を知った本。ここからしばらく遠藤周作とか北杜夫とか、そっちをしばらく読むようになりました。鮪船に医者として乗ってるんですよね。その何もすることのない日々を、延々と書かれている。ほんとに小さな出来事を、独自の視点で文章にしていくすごさ」
お持ちいただいた大切な本を、次々と説明してくれた横山さんのキラキラ輝く目が印象的でした。中学2年での強烈な読書体験から、たくさんの本を読み漁ったという、その片鱗がうかがえる思考の深さには脱帽。そして行きついた、ご自身の祖先から流れる開拓の精神への眼差しが、インディアンやアイヌ文化へもそそがれ、日々の農作業へとつながっているのを感じました。それは、うかがった農場での、弾けるような笑顔が何よりも物語っています。「3月は山に行きますよ」と笑っていた横山さんが、山道を歩く姿を想像しながら、もう一度、本棚を眺めると、ちょっとうらやましい晴耕雨読生活ですね。横山さん、ありがとうございました。