2024年 (令和6年)
4月19日(金)
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 蝦夷文化考古館の全景 (『幕別町史(昭和42年)』364頁)

  立春を過ぎてもまだ寒さ厳しい2月のある日、ドライブがてら幕別町蝦夷文化考古館に足を運んだ。幕別町に住んでいるにも関わらず、訪れたのは今回が初めて。そのきっかけとなったのは、1月に郷土史研究家・小助川勝義さんのお話を聞く機会があったことによる。小助川さんのアイヌ文化についてのお話は大変興味深いものだった。

 小助川さんが、本格的にアイヌ文化について研究するきっかけとなったのは、アイヌ音楽家でムックリ(口琴)とウポポ(歌)の名手・安東ウメ子さんとの出会いによる。ウメ子さんの歌を初めて直に聴いたとき、「これは参った!!」という気持ちになったのだそうだ。そして、ウメ子さんが覚えている歌を全て残したいという思いから、全31曲の歌を収録することに力を注いだ。

 ウメ子さんは病気を患い、2004年にお亡くなりになったが、亡くなる直前まで一つでも多くの歌を残そうとしてくれたという。アイヌの歌は、作業歌や子守歌、日常の喜びを歌ったものが多い。例えば、夏にベカンベ(ヒシの実)を取りに行くときの歌や、和人の着物が手に入り、嬉しいときの歌など、その時々のシチュエーションで音程もリズムも違うという。「(ウメ子さんの歌は)音も歌い方も最高、二度とこういうものは生まれないと思う」と語る小助川さんの表情が印象的だった。

 蝦夷文化考古館は、白人コタン(集落)のアイヌ指導者だった故・吉田菊太郎氏が1959年に開設をした。菊太郎氏が広く収集されたアイヌ民族資料を収蔵していたものを菊太郎氏の死去により、ご遺族から町が寄贈を受けたのだそうだ。館内には、なかなか目にすることのできない貴重なアイヌ資料が所狭しと並んでいた。

 入ってすぐに目に飛び込んできたのは、中央に展示された大きなチプ(丸木舟)。アイヌの人たちは、主に魚を獲るためや、渡し船に利用していたのだそうだ。その他にも、イタンキ(椀)、ツキ(杯)、エムシ(刀)マキリ(小刀)、タマサイ(首飾り)など、普段の生活に欠かせないものから、儀式などで身に着ける装飾品まで、本当にたくさんの貴重な資料が展示されていた。ウメ子さんが名手だったというムックリ(口琴)も間近で見ることができた。

 「なんて美しい着物だろう」。数ある展示品の中で美しいアイヌ刺しゅうが施された着物から目を離すことができなくなった。最初に目にしたのはアットウシという着物。この着物は、オヒョウニレの樹皮の内皮を柔らかくなめし、機織り機にかけたものだそうだ。文様が入っている着物は主に儀式用に着用されていた。アットウシは、馴染んでくると肌触りもよくなり、水にも強かったという。

 十勝に多く見られるのは、チヂリと呼ばれる木綿衣に刺しゅうを施した着物である。近くで見ると、まるで精密な機械で刺したかのような細やかなチェーンステッチ(アイヌ語ではオホという)に、しばし時を忘れて見入ってしまった。物差しのないこの時代、身体尺といって、指の幅を物差しがわりにして、衣服を作ったり、文様を構成していたという。現代のような便利な道具がない時代に、これほどまでに繊細な刺しゅうを施していたアイヌの人たちの手仕事の素晴らしさに深く感銘を受けた。

 アイヌの文様には、美しく飾るだけではなく、魔除け、安全などの願いが込められている。着物の衿や、袖口、裾まわりなどからは悪い神(病気の神)が入らないように、一番弱い部分の背中には、身を守るために最も力強い文様を配したという。文様には上下左右が決められていない。また、地域によって文様にさまざまな特色がみられるそうである。

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 アイヌ文様でよく使われる渦巻き状のモレウ とハート形を組み合わせた文様

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  切り絵にすると、手軽に楽しむことができる

 今回、見知ったことはアイヌ文化のほんの一部にしか過ぎない。今さらではあるが、もっと色々な側面からアイヌ文化について知りたい。そして時には、こんな休日を過ごすのも悪くない。今度は、友人を誘って来てみようか。そうそう、どこかでランチを取ることも忘れてはいけない。そんなことをアレコレ考えながら、蝦夷文化考古館をあとにした。

文/まぶさ(福田真希)

参考資料:
・『吉田菊太郎資料目録Ⅰ』
 (幕別町教育委員会・編/幕別町教育委員会/2002)
・『アイヌの四季と生活』
 (アイヌ文化振興 研究推進機構・編集/アイヌの四季と生活展帯広
  実行委員会/1999) 
・『アイヌ民族もんよう集』
 (小川早苗・著/アイヌ文化伝承の会/2010)
・『伝統のアイヌ文様構成法によるアイヌ刺しゅう入門 チヂリ編』
 (津田 命子・著/クルーズ/2008)
・『パイェアン ロ』
 (財団法人アイヌ文化振興/研究推進機構・編集・発行/2011.3)